日本最南端の有人島・波照間島
日本最南端の地と聞かれたらどこだと答えますか?日本の領土としての最南端は東京都の沖ノ鳥島です。沖ノ鳥島は無人島であり、満潮時には島のほとんどが水面下になるサンゴ礁の島です。民間人の上陸は困難です。
一方、もう一つ日本最南端の地として有名なのが八重山列島にある波照間島です。
波照間島が沖ノ鳥島と違うのは有人島としての最南端の島ということです。現在も数百人の人口がおり、石垣島などとの間に定期航路があるため観光客も日常的に自由に訪問することができます。有人島として最南端ということもあり、石垣島からでも高速フェリーで約1時間かかります。
有人島として最南端の波照間島には、日本最南端の碑があります。また、日本で最南端の郵便局や有人の地にある日本最南端の灯台といわれる波照間灯台など有人島としての日本最南端を謳うものが多く、日本の最南端に興味のある人は見応えがあるでしょう。
ハテルマブルーと呼ばれる美しい海を見られるニシ浜があるのも波照間島です。夜には星空も美しく、南十字星や天の川を見ることもできます。沖縄地方の離島の中でも観光客に人気の島で、自然によるヒーリング作用でリラックスできますし、島の穏やかな雰囲気にうっとりすることでしょう。
波照間島の歴史と蛇の道
波照間島を訪問する際に、多くの人が必ず訪れる場所の一つが日本最南端の碑です。日本の国旗もあります。
波照間島の南部、高那崎という地にあります。沖縄地方の海のイメージとは違う荒々しい海と断崖絶壁が印象的です。さらに周辺に目をやると、日本最南端平和の碑や波照間の碑があることに気が付くでしょう。
蛇の道最南端の碑に行く際に、石が積み重ねられて蛇のようになっている道があることに気づくはずです。この石でできた道こそが、蛇の道と呼ばれています。石にも意味がありますし、真っ直ぐな道になっていないのも意図があるからです。
蛇の道を構成する石は、各都道府県から集めた石です。沖縄がアメリカから返還された際に造られました。道がまるで蛇が絡まっているかのように造られている理由は、これからの未来において再び戦争によって内地と沖縄が離れることがないようにとの祈りが込められています。
沖縄地方の歴史戦後70年以上が経過し、戦争の記憶が徐々に薄れている現代。沖縄地方の戦争のことも知らない人がいるかもしれません。第二次世界大戦も末期になった頃、沖縄本島は地上戦の場となってしまい犠牲者には民間人も多く含まれていました。
日本は降伏し、沖縄はアメリカの統治下に置かれることになりました。現在も日本本土と少し違う沖縄の食文化などにはアメリカによる影響を垣間見ることができます。1972年に沖縄返還によって日本に復帰しました。
波照間島は敵軍の上陸こそありませんでしたが、艦砲射撃や空襲の被害を受けました。また、疎開させられることでマラリアに感染し、多数の犠牲者を出しています。戦争マラリアとも呼ばれています。
蛇の道をはじめ、それぞれの碑は写真スポットとして多くの観光客に知られています。また、蛇の道で自分の出身地の石を見つけようとする人もいます。写真を撮ったり、石を見たりするだけでなく、蛇の道や平和について考えてみる機会にしましょう。
最南端の碑と蛇の道の石を見て考えてみよう
現在の波照間島はとても穏やかな時間が流れ、平和そのものです。海でのアクティビティや島の観光など楽しいことばかりです。
現在の平和な島とは裏腹に、この地域は悲惨な歴史を経験しています。波照間島の蛇の道や日本最南端の平和の碑をはじめ、沖縄の各地に平和記念碑が多くあります。波照間島や沖縄の悲惨な歴史も知り、たまには平和について考えてみましょう。